かつてのメディチ家のお屋敷マダマ宮-現・国会上院議会
かつてメディチ家が住んでいたマダマ宮殿。建物自体は14世紀の終わりのものとなります。1541年から1550年までオーストリアのマルゲリータ女王が住んだことからこの名前がついています。 ジョヴァンニ・デ…
かつてメディチ家が住んでいたマダマ宮殿。建物自体は14世紀の終わりのものとなります。1541年から1550年までオーストリアのマルゲリータ女王が住んだことからこの名前がついています。 ジョヴァンニ・デ…
らせん状に空にのびる尖塔が美しいバロックの教会。ボッロミーニの代表作のひとつです。かつてローマ大学「ラ・サピエンツァ」があった敷地の中に建っており、大学の礼拝堂として建てられました。コルソ・リナシメン…
芸術家達のアトリエが集まるこのエリアに、彫刻家アントニオ・カノーヴァとその愛弟子アダモ・タドリーニがここにアトリを構えるために契約書にサインをしたのは1818年のこと。以来1967年まで、タドリーニ家…
ローマを歩けば噴水にあたるけれど、なかでもこの亀の噴水が美しいという声は多いです。旧ユダヤ人街1の小さな広場にあります。ローマの由緒ある教会のファサードやナヴォナ広場のムーア人の泉などをてがけたジャコ…
ローマできれいに野菜が並んだ絵に描いたような青空市場を散歩するなら、ここカンポ・ディ・フィオーリです。広場の一角には大きな花屋が並び、きれいです。広場の名前のフィオーリは花という意味ですが、もともと一…
ローマの街に突然現れるピラミッドは紀元前12世紀のお墓です。なぜローマでこのようなお墓ができたかというのはいまだはっきりとした説はありませんが、当時、エジプトがローマ帝国の属国になったことから受けたイ…
イタリアの芸術運動、Futurismo-フトゥリズモ、イタリア未来派こってりのカフェ。
未来派宣言の文言が入り口の壁にデザインされていたり、とにかく未来派だらけのカフェ。 (さらに…)
アヴェンティーノ丘の上のおすすめの公園です。オレンジの公園(Giardino degli Aranci)の方が名前が通っていますが、サヴェッロ公園という名称です。展望台からはローマの街を見下ろしつつ、…
70万書以上の法律に関する国会、国防に関するオリジナルの文書から写真を保管する国立文書館ですが、一般に公開された施設として、図書館や自習室、また予約が必要ですが紋章に関する資料室などがあります。 (さらに…)
ローマの二人の守護聖人、ペテロとパウロの教会です。それぞれ、ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂と、南のサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂に奉られていますが、ここでは一緒に奉られています。 階段を上…
通称、四角いコロッセオと呼ばれるエウル地区にある旧労働会館の建物です。クリストーフォロ・コロンボ通りを軸にした対称の位置にはアダルベルト・リーベラの会議場があります。 都市計画の上で二つの建物は向かい…
いまだにイタリアで人気の高い建築家アダルベルト・リーベラのアヴェンティーノの郵便局は1920-30年代ムッソリーニ政権の下、計画された4つの郵便局のうちのひとつです。修復後、すっかりきれいになりお目見…
宇宙から降り立ったような体育館、パラッツォ・デッロ・スポルト。ピエルルイージ・ネルヴィ設計の体育館。近代建築史に登場する作品です。1960年のローマ・オリンピックにむけて建設された施設のひとつです。 …
1960年に開催されたローマオリンピックで競技会場となった複合スポーツ施設、フォロ・イタリコ。その起源はファシズム時代に遡ります。当時はムッソリーニのフォーラムと呼ばれていました。 現在でも施設の入り…
ローマの守護聖人パウロ(イタリア語でパオロ)のお墓の上に建てられた4世紀のバジリカ様式の教会です。ローマのもう一人の守護聖人ペテロのお墓の上の教会は、ヴァチカン市国のサン・ピエトロ寺院です。サン・パオ…
ザハ・ハディドの建築がついにローマにお目見えしました。2010年5月オープンです。まずは美術館情報を。 イタリアの写真家をはじめ、大回顧展などが開催される美術館です。定期的に展示スケジュールをチェック…
世界に誇るイタリアの建築家、レンツォ・ピアノの設計した音楽ホールの複合施設、アウディトリウム・パルコ・デッラ・ムージカです。日本では、関西国際空港や東京銀座のエルメスの美しいビルで知られている建築家で…
カラヴァッジョ巡りには見逃せない教会のひとつ聖アゴスティーノ教会です。ナヴォナ広場から程遠くないところにあります。他にもラッファエッロの「預言者イザヤ」もあり、また地元の人々にも親しまれている教会です…