ピア門
ミケランジェロの最後の建築作品であるポルタ・ピア(ピア門)はリソルジメント、イタリア統一運動で重要な場所のひとつです。教皇統治の街として最後までイタリア統一に抵抗したローマに、当時の首都トリノから王家…
ミケランジェロの最後の建築作品であるポルタ・ピア(ピア門)はリソルジメント、イタリア統一運動で重要な場所のひとつです。教皇統治の街として最後までイタリア統一に抵抗したローマに、当時の首都トリノから王家…
映画の街ローマの象徴、チネチッタ撮影所はフェリーニの映画から、今日のハリウッド映画まで、またはイタリア国内の人気テレビ番組が撮影されたりしています。 中には在りし日の姿のフォロ・ロマーノのセットが組ま…
ローマの下町の台所と呼ばれるテスタッチョにある高さ36メートルのこの小さな山は、自然のものではなく、人工的な山なのです。18世紀に考古学が盛んになり、この山が陶片が積み上げられてできた山であることがわ…
今は猫の聖地となっているこの場所は、ユリウス・カエサルが暗殺された場所とされています。しかしその真偽はいまだ定かではありません。 アレア・サークラと名前の通り、聖域であるこの場所は4つも神殿が集まった…
百合の紋章をつけたピッコラ・ファルネジーナと呼ばれるこの建物ですが、建物にある百合の紋章からファルネーゼ家のものとされていたことに由来しますがファルネーゼ家とは関係ありません。フランスの聖職者、トーマ…
トラムや車が行き交うにぎやかなレジーナ・マルゲリータ通りとサラーリア街道が交差する辺りで一本道を入ると不思議な空間に出会います。様式に当てはめられない建築群が街の一角を構成しているので不思議と思うので…
パラティーノの丘とアヴェンティーノの丘にはさまれた、ローマで最大の古代ローマ時代の競技場チルコ・マッシモ、Circus Maximus キルクス・マクシムスは紀元前4世紀の誕生から、549年に開催され…
ローマの北の正面玄関であるフラミニア門。ここから北にまっすぐに延びるのは、ローマからアドリア海に抜ける古代ローマ時代の街道、フラミニア街道です。ポポロ広場にありポポロ門と親しまれていますが、フラミニア…
一見、凱旋門のようなアーチ、でもよく見るとどっしりとしていて、奥行きがあります。4世紀に建てられたこのアーチは、4方向から通り抜けができる風変わりな形のアーチ、ヤヌスの門。 戦争の勝利の記念の凱旋門で…
ローマを訪れたらここはぜひ訪れたい、かつて世界の都、caput mudiの中心であったところです。カエサルが眠っているのもここ。神殿から凱旋門、元老院と神聖なものから政治までがつまった場所です。 &n…
アウレリアヌスの壁に開く門のうちのひとつ。この門からオスティアの港に続く道、オスティエンセ街道がはじまります。門にパウロの名前がついているのは、このオスティエンセ街道をメトロの駅2つ分いくと、パオロを…
ヴァチカンの界隈やサンタンジェロ城の近くにレンガ造りのアーチが連なっています。ローマの街中でよく見かける水道橋、ではなくてこちらは回廊です。しかも避難通路です。そして誰もが使うことができるわけではなく…
ブラスキ宮殿はローマのルネッサンスの中心であるナヴォナ広場とヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世通りの間に建っています。1775年に教皇に選出されたピウス6世の甥であるルイージ・ブラスキ・オネスティの住まい…
ローマ国立博物館の4つのひとつで、テルミニ駅近くのディオクレティアヌスの浴場にあります。浴場は紀元3世紀の終わりか4世紀の初めころに造られたとされています。16世紀には教皇ピウス4世がミケランジェロに…
フォリ・インペリアーリ通りをはさんでフォロ・ロマーノの向かいにあるのはトライアヌスの市場です。古代ローマ帝国時代の市場の様子を今日まで伝えています。夕暮れ時に入ると、ライトアップされた古代の市場内の道…
ローマのルネッサンス地区にあるスパーダ宮殿の絵画館、ガッレリーア・スパーダですが、同じ建物は内務省にもなっています。 17世紀を中心としたスパーダ枢機卿の絵画のコレクションと、ぜひ見たいのはボッロミー…
バルベリーニ宮殿として知られる、国立の絵画館。ラッファエッロの「ラ・フォルナリーナ」、カラヴァッジョの作品があります。絵画館に入る前のピエトロ・ダ・コルトーナのフレスコに埋めつくされたサロンには圧倒さ…
歴史の上では古戦場として、恋する若者の間では、話題のピークが過ぎたにしても恋人の聖地として有名な橋、ミルヴィオ橋。ポポロ広場から北にのびるフラミニア街道をまっすぐ北上してテヴェレ川を渡るところがミルヴ…
なぜか見るたびに吹き出しそうになる噴水のひとつです。呆然としてしまった顔のせいでしょうか。目の焦点があっていなくて口がぽかんとあいていて、そこからは水がだらだら、と正当な芸術ファンからお叱りを受けそう…