古の大競技場、チルコ・マッシモ

パラティーノの丘とアヴェンティーノの丘にはさまれた、ローマで最大の古代ローマ時代の競技場。
紀元前4世紀の誕生から、549年に開催された最後の競技大会まで、人びとの楽しみの場でした。野原となった今日も、人びとが憩い、時にはイベントが行われる場所として親しまれています。
2006年のサッカーワールドカップの頂点に立った時はここでパレードが行われました。

初代皇帝アウグストゥスの時代には、皇帝用のボックス席が設けられ、エジプトから持ち帰られたオベリスクが建立されました。
そのオベリスクは、バロックの時代に移設されて現在ではポポロ広場に建っています。

その後、コンスタンティヌス帝の時代には2本目のオベリスクが建立されましたが、こちらも移設されており、
現在はサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ広場の洗礼堂のあるサイドに建っています。

パラティーノの丘の遺跡を眺めながらのんびり過ごすことができる、誰でも入ることができる遺跡の公園となっています。

現在はバロックの芸術に囲まれているナヴォナ広場も、ここと同様の競技場でした。
形からイメージできると思います。
ナヴォナ広場の北側には競技場への入口の遺跡が残っています。

 


■ チルコ・マッシモ(キルクス・マキスムス)
Circo Massimo – Cirucus Maximus

Via del Circo Massimo

 メトロB線 Circo Massimo(チルコ・マッシモ)駅下車

 

 

ローマをお散歩編集人

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