かつて巡礼者やゲーテを迎えた門、フラミニア門、通称ポポロ門

ローマの北の正面玄関であるフラミニア門。ここから北にまっすぐに延びるのは、ローマからアドリア海に抜ける古代ローマ時代の街道、フラミニア街道。

フラミニア街道は紀元前220年にローマとアドリア海を結ぶ街道としてつくられる。
この門は16世紀の教皇ピウス4世の下、建築家ナンニ・ディ・バッチョ・ビジオがローマの凱旋門をイメージして造ったもの。
教皇ピウス4世がメディチ家出身であることから、門の上にはメディチの紋章である6つの玉を見ることができる。

後に教皇アレクサンデル7世の時代にはスウェーデンのクリスティーナ女王の到着を記念すべく、
ベルニーニに門の内側を装飾するように命じた。
ポポロ広場側からの門は、いたってシンプル。

かつて、欧州からの多くの巡礼者や旅行者がこの門をくぐり、ローマの街に到着した。

そしてローマを去るときは、このフラミニア門に別れを告げ、ローマを後にした。


■ フラミニア門、通称ポポロ門
Porta Flaminia, Porta del Popolo

Piazzale Flaminia, Piazza del Popolo

 メトロA線 Flaminio(フラミニオ)駅

 

バス 117番 他

 

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ローマをお散歩編集人

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