壷のかけらの山、テスタッチョの丘

道から見える陶片::ここは整然と積まれています

ローマの下町の台所と呼ばれるテスタッチョにある高さ36メートルのこの小さな「山」は、自然のものではなく、人工的なものである。
18世紀に考古学が盛んになり、この山が陶片でできた山であることがわかった。このエリアの名前であるテスタッチョはラテン語の、mons Testaceus(陶片の山)から来ている。

この辺りから近いテヴェレ川には古代ローマが栄えていた紀元前140年から西暦250年くらいまで、大きな船着場があり、食料などあらゆるものがテヴェレ川を上ってローマの街に運ばれてきた。ワインやオリーブオイルなどを運んだ、腰に手をあてたような形のアンフォラと呼ばれるテラコッタの壷の破片がこの36メートルの小さな丘を作ったわけである。

道から見上げても破片らしきものが、まるでレンガを積み上げたかのようにびっしりと積み重なっているのがわかる。

 

この山を囲むように、クラブなどが並んでおり、夜になると若者でにぎやかになる。

また夕方になると、どこからともなく馬車が次々と到着し、どうやら観光スポットの馬車の馬達は、夜をこのあたりで過ごしているようだ。


■ テスタッチョの丘
Monte Testaccio

Via Galvani – Roma

ローマをお散歩編集人

ローマをお散歩編集人です。 街歩きのヒントが見つかるかもしれません。

関連記事

外からでも金網越しによく見える::全容がわからないので想像を掻き立てる

セプティミウス・バッススのヴィッラ

ここに来たとき、ローマの街にある古代ローマ時代の遺跡の数の多さを改めて思った。 見渡す限り広がる草原に崩れかけた遺跡。管理所の手間を考えてのことであろう、 常に一般公開されているわけではなく、

続きを読む

モレッティの青年の家

蚤の市で知られるポルタ・ポルテーゼがある通りに、ルイジ・モレッティの「トラステヴェレの青年の家」と呼ばれるユースホステルであった建物がある。現在はそのホールは展示のための空間となっていて、建築にちなんだ企画展などが催されている。

続きを読む

ガリバルディ義勇軍兵士の納骨堂

”ローマのために戦った戦死者に”と彫られたモニュメントがジャニコロの丘の上に建っている。イタリア統一運動で最後までイタリア統一に抵抗したローマのために命を落とした戦士たちの墓碑である。1849年、ナポレオン3世が送ったイタリア統一運動の戦いに加わった中には、ニーノ・コスタやゴッフレード・マメリら、若い芸術家も含まれた。ニーノ・コスタは絵画の印象派にも影響を与えた画家のひとりであり、マメリはイタリアの国家の作詞者としても名が通っており、イタリアの国家はマメリの歌と呼ばれる。

続きを読む