古戦場か恋人の聖地か、ミルヴィオ橋

歴史の上では古戦場として、恋する若者の間では、話題のピークが過ぎたにしても恋人の聖地として有名な橋。

ポポロ広場から北にのびるフラミニア街道をまっすぐ北上してテヴェレ川を渡るところがミルヴィオ橋。

16世紀に増え始めたヨーロッパからの巡礼者や18世紀に流行したグランドツアーの旅行者達はここからローマに入り、ここでローマに別れを告げたという。

テヴェレ川左岸側の門の2階はちょっとしたギャラリーになっている。

 

ピークは過ぎたといえでも恋人達が南京錠をかけるのは今でも健在。

ちょっと疲れ気味の移民が願掛け用の南京錠を売っていたり、写真を撮るように依頼されたりなど、静かに恋人の聖地は生きている。

もともとは、外灯につけていたのだが、重みで折れてしまったことから専用の鉄柵が置かれた。

ちょっとおみくじを巻きつける感覚で。

 

橋を渡る前のエリアは1960年のローマオリンピック開催時の選手村。

現在は賃貸アパルタメントになったり、B&Bであったり。

またこの橋を起点に定期的に蚤の市が開催されている。


■ ミルヴィオ橋

Ponte Milvio

 

メトロA線 フラミニオ駅からバス2番でPiazza Salvin Consalvi

 

 

初稿:2010年6月17日

ローマをお散歩編集人

ローマをお散歩編集人です。 街歩きのヒントが見つかるかもしれません。

関連記事

外からでも金網越しによく見える::全容がわからないので想像を掻き立てる
トゥスコラーナからチネチッタ 遺跡・建築

セプティミウス・バッススのヴィッラ

ここに来たとき、ローマの街にある古代ローマ時代の遺跡の数の多さを改めて思った。 見渡す限り広がる草原に崩れかけた遺跡。管理所の手間を考えてのことであろう、 常に一般公開されているわけではなく、

続きを読む
トラステヴェレとジャニコロの丘 遺跡・建築

モレッティの青年の家

蚤の市で知られるポルタ・ポルテーゼがある通りに、ルイジ・モレッティの「トラステヴェレの青年の家」と呼ばれるユースホステルであった建物がある。現在はそのホールは展示のための空間となっていて、建築にちなんだ企画展などが催されている。

続きを読む
エリア トラステヴェレとジャニコロの丘 遺跡・建築

ガリバルディ義勇軍兵士の納骨堂

”ローマのために戦った戦死者に”と彫られたモニュメントがジャニコロの丘の上に建っている。イタリア統一運動で最後までイタリア統一に抵抗したローマのために命を落とした戦士たちの墓碑である。1849年、ナポレオン3世が送ったイタリア統一運動の戦いに加わった中には、ニーノ・コスタやゴッフレード・マメリら、若い芸術家も含まれた。ニーノ・コスタは絵画の印象派にも影響を与えた画家のひとりであり、マメリはイタリアの国家の作詞者としても名が通っており、イタリアの国家はマメリの歌と呼ばれる。

続きを読む