サン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ聖堂

第二次世界大戦中、1943年に連合軍より爆撃を受けたローマの聖堂です。
この聖堂があるサン・ロレンツォ地区は空爆の被害を受けたローマのエリアで、全壊は免れたものの、ファサードのモザイクのは修復に至りませんでした。
古い写真を見るとトラステヴェレにあるサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ教会のファサードのようでした。
空爆により、ポルティコ(前回廊)も破壊されましたが、フレスコ画は幸いにも残りました。

この教会は、二つの教会があわさって現在の姿になったので、内部の空間は、なかなかおもしろいことになっています。

聖堂の起源は、聖人ロレンティウスがローマで258年に殉教して葬られたところにコンスタンティヌス帝が教会を建立した4世紀までさかのぼります。
6世紀には、教皇ペルギウスがマリアを祀った別の教会を隣に建て、コンスタンティヌス帝の教会はその後の大修復まで忘れられた存在であったといわれています。

13世紀に教皇ホリノウス3世による大規模な改築が行われ、ロレンティウスを祀ったコンスタンティヌス時代のの教会と
ペルギウス時代のマリアを祀った教会がひとつになりました。
19世紀にも増改築が行われ、空爆の後の修復後が現在の姿となっています。

ポルティコには、政治家ガスパリの墓碑があり、彫刻家のジャコモ・マンズーが墓碑を手がけています。
同じポルティコの空爆を逃れたフレスコ画、ロレンティウスとステファヌスの生涯も見事である。

コズマーティ様式の床や説教壇などもよく保存されています。
地下の礼拝堂は絢爛豪華な印象の黄金色の装飾です。ロマネスクの修道院の回廊もあります。

 

サン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ聖堂/ヴェラーノのサン・ロレンツォ教会
San Lorenzo fuori le mura/ Basilica di  San Lorenzo al Verano

Piazzale del Verano,3 Roma

アクセス
トラム3番 Veranoヴェラーノ下車

朝-12:00
15:00-

 ヴェラーノ墓地の入口横のヴェラーノ墓地にはローマに愛された俳優たちが眠っています

 

 

 

 

サン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ聖堂