ドルーススのアーチ

アッピア街道の起点のポルタ・サン・セバスティアーノのに重なるように建つ、

崩れかけた凱旋門のようなこの遺構は、門のような形をしているが、

この通りの先にあるカラカッラ浴場へ水を引いていた水道橋の一部。

長いこと凱旋門と信じられていたので、その名前もカエサルの時代の軍人、クラウディウス・ドルーススに

よるものとされ、今もそのままその名前で呼ばれている。

実際にはもっと時代が下った3世紀の、マルキア水道橋から分岐したアントニウス水道橋の遺構とされている。

今日ではハトのアパートになってる感あり。


 

ドルーススのアーチ

Arco di Druso

Via San Sebastiano

ポルタ・サン・セバスティアーノはすぐそこ。

{mosmap lat=’41.873428’|lon=’12.501535’|text=’凱旋門ではなくて、古代水道橋の遺構ドルーススのアーチ’}

 

※この記事の内容は掲載時のものであり、現在と異なる場合があります。

ローマをお散歩編集人

ローマをお散歩編集人です。 街歩きのヒントが見つかるかもしれません。

関連記事

外からでも金網越しによく見える::全容がわからないので想像を掻き立てる
トゥスコラーナからチネチッタ 遺跡・建築

セプティミウス・バッススのヴィッラ

ここに来たとき、ローマの街にある古代ローマ時代の遺跡の数の多さを改めて思った。 見渡す限り広がる草原に崩れかけた遺跡。管理所の手間を考えてのことであろう、 常に一般公開されているわけではなく、

続きを読む
トラステヴェレとジャニコロの丘 遺跡・建築

モレッティの青年の家

蚤の市で知られるポルタ・ポルテーゼがある通りに、ルイジ・モレッティの「トラステヴェレの青年の家」と呼ばれるユースホステルであった建物がある。現在はそのホールは展示のための空間となっていて、建築にちなんだ企画展などが催されている。

続きを読む
エリア トラステヴェレとジャニコロの丘 遺跡・建築

ガリバルディ義勇軍兵士の納骨堂

”ローマのために戦った戦死者に”と彫られたモニュメントがジャニコロの丘の上に建っている。イタリア統一運動で最後までイタリア統一に抵抗したローマのために命を落とした戦士たちの墓碑である。1849年、ナポレオン3世が送ったイタリア統一運動の戦いに加わった中には、ニーノ・コスタやゴッフレード・マメリら、若い芸術家も含まれた。ニーノ・コスタは絵画の印象派にも影響を与えた画家のひとりであり、マメリはイタリアの国家の作詞者としても名が通っており、イタリアの国家はマメリの歌と呼ばれる。

続きを読む