”ローマのために戦った戦死者に”と彫られたモニュメントがジャニコロの丘の上に建っています。
イタリア統一運動で最後までイタリア統一に抵抗し、ローマのために命を落とした戦士たちの墓碑です。
1849年、ナポレオン3世が送った
フランス軍とジュゼッペ・ガリバルディ率いる義勇軍がジャニコロの丘の上で、
最終的には勝利はするものの、多くの犠牲者を出しながら戦いました。
イタリア統一運動の戦いに加わった中には、ニーノ・コスタやゴッフレード・マメリら、若い芸術家も含まれていました。
ニーノ・コスタは絵画の印象派にも影響を与えた画家のひとりであり、マメリはイタリアの国家の作詞者としても名が通っており、イタリアの国家はマメリの歌と呼ばれています。
碑は、向かいのサン・ピエトロ・イン・モントーリオ教会ことブラマンテのテンピエットのところに
1879年に建てられたものが、1941年に建築家ジョヴァンニ・イァコブッチの設計で移築されました。
内部は戦没者の名前が刻まれ、マメリもここで眠っています。
中央にはローマの象徴ともいえる雌狼と双子のレリーフが置かれています。
この碑の並びの通りを行き、丘の頂上の広場が展けてくると、そこにはガリバルディの騎馬像があります。
周囲には戦没者の胸像が小径にそって並んでおり、この丘でどれだけ多くの地が流されたかがわかります。

ガリバルディ義勇軍兵士部隊の納骨堂
Mausoleo Ossario Galibaldino