いつ来ても観光客であふれ返っている場所です。
ツツジの花が咲く頃は色のコントラストが鮮やかで華麗なロココ様式の階段広場がさらに華やかな雰囲気になります。
残念なことに、最近はこの階段に腰を下ろして食べたりすると、罰金刑が下るということになってしましました。
一時期よりは甲高くピピーっと笛を吹くことも少なくなったでしょうか。
どんな状況であれ人々は階段に座ってローマを満喫しています。
階段下のスペイン広場にあるバルカッチャの噴水はベルニーニ親子、ピエトロ・ベルニーニとジャンロレンツォ・ベルニーニよるものです。噴水に蜂が見られることから、バルベリーニ家出身のウルバヌス8世の命によるものです。
スペイン広場自体はこのバルカッチャの噴水以外は横長の蝶ネクタイのような形で、広場を取り囲むパラッツォの色とりどりの壁の色をのぞいて、特にこれといった特徴はなかったのですが、大階段、スペイン階段が18世紀に造られたことで、この広場はローマの一番有名な広場になったといえます。
そしてなぜスペインか、それは広場に面してスペイン大使館があるスペイン宮殿からきています。
この大階段は、スペイン広場を見下ろすフランスの教会であったトリニタ・ディ・モンティ教会がスペイン広場と直接結ぶ階段をつくりたいという要望から生まれたものでした。さらにフランスの王、ルイ14世の騎馬像を設置も望みました。
時の教皇アレクサンデル7世は教皇統治の街であるローマにフランス修道院の像が建つことに納得できず、計画はなかなか進みませんでした。
1720年代に建築家フランチェスコ・サンクティスのデザインが教皇もフランスサイドの両方を満足させ、最終的にはフランスの資金援助を得て、完成します。
広場前にはローマきっての高級ブティックが並ぶコンドッティ通りがあります。
広場に面したお店も日本人には人気のおなじみの店が並んでいます。
シュールレアリズムが好きな方は、晩年デ・キリコが過ごした自宅兼アトリエが美術館になった デ・キリコ美術館があります。 また、文学好きには、キーツ・シェリー記念館が階段に向かって右隅にあります。
この広場からでる、バブイーノ通りはショッピングもかなり楽しむことができます。
デ・キリコも足を運んだローマの老舗カフェ、アンティコ・カフェ・グレコもすぐそこです。
メトロの駅の出口近くには、ベルトルッチの映画「シャンドライの恋(原題:Asedio)」の舞台となった美しいパラッツォもあります。
※この記事の内容は掲載時のものであり、現在と異なる場合があります。
初投稿日: 2010年3月2日
スペイン広場の歴史
階段を上りきったところに位置するトリニタ・ディ・モンティ教会はローマのフランス教会として1500年代に建設が始まります。その誕生も、ローマの略奪後の修復もフランスと深い関わりがあります。1700年代に入り、以前よりあったトリニタ・ディ・モンティ教会と広場を結ぶフランス王たちの構想に基づき、フランスの資金援助にて、1725年の聖年を記念してスペイン階段がアレッサンドロ・スペッキとフランチェスコ・デ・サクティスのデザインにより美しい階段が開通しました。この階段の案はフランチェスコ・デ・サクティスのものとされています。
今のようにスペイン広場から階段を上ってトリニタ・ディ・モンティ教会に行くことができるようになったのは、18世紀に入ってからのことなのです。
ローマのスペイン広場であるのに由緒はフランス、となかなかややこしいですね。



スペイン広場と大階段
Piazza di Spagna e la Scalinata della Trinita’ dei Monti
Piazza Spagna – Roma

メトロA線 Spagna(スパーニャ)駅下車
バス 117番
公衆トイレもあります。