共和国時代の最後に生きたカエサルに指名されたオクタヴィアヌスは、
紀元前27年初代皇帝アウグストゥスとなり、帝国ローマが誕生します。
同じ頃、キリストも誕生していますが、キリスト教が公認されるのは、
ここから4世紀も後のことになります。
交易と属州からの税により潤ったローマ帝国はさらに発展していきます。
Roma Caput Mundi、世界の都といわれたローマの街もモニュメンタルな建造物が
増えてきます。
今日でも世界中の旅行者がまずは訪れる、パンテオン、コロッセオなどがそのほんの一部です。
帝国時代の建造物は概ね、皇帝の名を戴いているので、誰の時代に造られたかがわかりやすいと思います。
コロッセオは、いわゆるあだ名で呼ばれていて、フラヴィアヌスの円形競技場(Anfiteatro Fravio)が正式な名前です。
皇帝ヴェスパシアヌスの家名を取ってつけられています。
その他、カラカラ浴場はカラカラ帝、アウレリアヌスの壁はアウレリアヌス帝など、皇帝の名前がついています。
悪名高い皇帝ネロは帝国ローマの初期の皇帝で、ちょうど、キリストの使徒ペテロと改宗者パオロが
ローマに教えを広めにやってきたころの皇帝で、皇帝ネロによるキリスト教の迫害はひどく、
ローマの守護聖人となったペテロとパオロも迫害によって殉教しています。
ハドリアヌス帝は審美眼があったとされ、パンテオンの改築やローマ近郊のティボリに美しいヴィラをつくっています。
ティボリはローマから日帰りで行くことができます。
紀元3世紀のアウレリアヌス帝の時代になるとローマの街は再三の攻撃を受け、
街の防衛のために壁を張り巡らすことになります。
この壁は今日でも残っており、行政上の歴史的地区(チェントロ・ストーリコ)と呼ばれる範囲の境になっています。
また、フィウミチーノ空港からのタクシーの均一料金の適応範囲にもなっています。ローマらしいですね。
この頃には皇帝は次々と変わり、284年にはローマ帝国は東西に分裂します。