サン・ピエトロ大聖堂






サン・ピエトロ大聖堂の歴史

現在の姿になるプロジェクトは1500年代に始まるが、ここの歴史の始まりはもっと遡ることになる。

皇帝ネロの時代に使徒ペテロはキリスト教迫害の中、紀元64年ごろローマで殉教し、現在のサン・ピエトロ大聖堂のある辺りに葬られたといわれている。
皇帝はこの地に競技場を造っている。

その後、帝政ローマ時代の4世紀のはじめには皇帝コンスタンティヌスによって、なんらかの形の上屋が建てられていたという。キリスト教がローマ帝国内において公認された頃である。
そのバジリカ式の平面が今日の聖堂の原形になっている。

その後、ローマ帝国は東西に分裂し、ローマがあった西側が滅び、力を失っていた中世のローマではあったが、
8世紀にはイングランドのウェセックスのイネ王、カール大帝もここを訪れている。

その後の中世のローマはノルマン、ゴート族のなどの侵攻とペストにより、街の力は衰える一途を辿る。

15世紀になって、構造的に危ないとされたサン・ピエトロ大聖堂は教皇ニコラウス5世が改築の提案をし、
1503年に教皇ユリウス2世がブラマンテを主任建築家に任命し、1506年に工事が始まる。
その後、ラッファエッロ、アントニオ・ダ・サンガッロ・イル・ジョーヴァネ、ミケランジェロが主任監督指揮者に命じられたが、混迷を極める工事であった。

ミケランジェロの死後、ベルニーニが指揮を執り、教皇ウルバヌス8世の時代の1626年にようやく献堂を迎える。




続く





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