ポルタ・カペーナ

ポルタ・カペーナ、カペーナ門はセルウィウスの壁に開けられた門のひとつであるが、今日ではその遺構は残されていない。

このアッピア街道とラティーナ街道の起点となる門であった。途中で枝分かれして

アッピア街道は当初はカプアへ、ラティーナ街道は

ラティーナへと続いていた。

 

アッピア街道が敷かれたことで、カプアへ続くことからカペーナ門と呼ばれてたが、

それ以前はこの一帯が緑豊かで泉が湧き出ていたことから、

ローマ神話の泉の神の名から、カメナ門と呼ばれていたとされる。

現在も近くにVia Valle delle Camene 、女神たちの丘通りという

美しい響きの通り名がある。

 

アッピア街道に見られるマイルストーンの基点とされる場所には

ファシズム政権下に建てられたマイルストーンがモニュメントとして建っている。

 

 

アッピア街道に見られるここから1マイルの最初のマイルストーンはこちら

 

 

 

{mosmap lat=’41.884571’|lon=’12.489853’|text=’ポルタ・カペーナがあったとされるのはこの辺り’}

 

 

 

 

ローマをお散歩編集人

ローマをお散歩編集人です。 街歩きのヒントが見つかるかもしれません。

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